田中正造の最近のブログ記事

渡良瀬川の歴史

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kenkyou.jpg渡良瀬(わたらせ)川の歴史は、自然の猛威と人間の英知との戦いの歴史でもありました。

かつての川筋はとぐろを巻いた蛇のように蛇行して、大雨の度に氾濫を繰り返したのです。

古くは古墳時代から治水をした跡が見られますが、記録に残る大規模な治水工事は館林藩主当時の徳川綱吉によるものです。

上州(群馬県)と野州(栃木県)の県境地図を改めて見ると、その痕跡が残っています。

通常ならば渡良瀬川の中央部が県境となるハズなのに、群馬県が川向こうに存在していたり、逆に栃木県が手前に出っ張っていたりします。

何とも不思議な県境線ですが、この線こそがかつての「蛇行した渡良瀬川」の痕跡そのものなのです。

ちなみに、地図の赤い※マークは田中正造の葬られている「雲竜寺」ですが、渡良瀬川の対岸に位置しているのに、住所は群馬県館林市下早川田町となっています。

正造と石川啄木

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DSCN2136.JPG展示物を見て回りましたら、田中正造の肖像画の隣に石川啄木の短歌が飾られていました。

「夕川に葦は枯れたり血にまとう民の叫びのなど悲しきや」とあります。

渡良瀬川の田中正造と、岩手県出身の石川啄木との接点が分からなかったので記念館員に訪ねたところ、「学生時代の石川少年が渡良瀬川鉱毒事件の報道を知って憤り、新聞配達をして貯めたお金を田中正造らの活動資金としてカンパしたのです」とのこと。

その価値は今の10万円に匹敵する金額だとのことで、正造と同じく常に民衆の立場にあり、後に社会主義活動に理解を示す啄木の精神的萌芽はこのあたりにあったのでしょうか?

DSCN2138.JPG田中正造記念館には、著作や写真などさまざまな資料が収められています。

このパネルは信念の人・田中正造の国会における活動を紹介したものですが、正造が「渡良瀬川には足尾の鉱毒が流れており、この水によって人は病に冒され(今でいうカドミウム汚染ですね)、稲は育たない」と何度も訴えます。

しかし富国強兵を国の指針としていた明治政府にとって、足尾から算出される銅は欠くべからざる存在だったらしく「そのようなことはない」と住民被害の無視に終始します。

正造は立ち枯れたイネを議場に示し、「渡良瀬川の水を持ってきた。毒が流れていないと強弁するのなら、この水を飲んでみろ」と水桶を前に議場を見渡しますが、誰も水を口にしなかったとの逸話も残っています。

田中正造記念館

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DSCN2135.JPG仕事で東京に行った帰りのこと。館林駅に着いたら佐野線の出発3分前。乗り継ぎピッタリなので、葛生(くずう)行きに飛び乗りました。

1駅先が渡瀬(わたらせ)駅で、この駅のすぐそばに「田中正造記念館」があります。

足尾鉱毒事件という日本最初の公害事件に対し、人生をかけて闘った人・田中正造の記念館。ここは私の「人生の原点」でもあるのです。

ご覧のとおりの貧弱な建物ですが、ここは渡瀬幼稚園の余った教室を記念館として再活用したもの。案外、民衆の中で生涯を生きた田中正造らしいと言えるかもしれません。

salmon4.jpeg2月28日に今年も『渡良瀬川にサケを放つ会』によるサケの稚魚の放流が行われました。

当日は所用があって私は参加できなかったので、写真は去年撮ったものですが、今年も冷たい雨の降るあいにくの天気にもかかわらず、100人近い人が参加したそうです。

この行事は28年!も続いており、渡良瀬川を挟んだ栃木県佐野市側でも毎年同じ日に放流が行われます。

サケの稚魚たちは150キロ離れた千葉県銚子市の犬吠埼から太平洋に出て、4~5年の時を経て故郷の渡良瀬川に戻ってきます。

渡良瀬川には昨年は約5千匹、今年は約7千匹の遡上してくるサケが確認されているのだそうで、かつて足尾銅山の鉱毒で汚染された川の浄化を象徴する存在となっています。

田中正造

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DSCN1750.jpg館林の北を流れる渡良瀬(わたらせ)川は、かつて上流の足尾銅山の鉱毒によって周辺住民が悩まされた日本最初の公害事件の舞台でもありました。

田中正造は川向こうの栃木県佐野の人ですが、代議士になり生涯住民の先頭に立って足尾鉱毒事件に立ち向かった信念の人。私が最も尊敬する人であり、私に生きる指針を与えてくれた人でもあるのです。

館林カルタに「鉱毒にいのちのかぎり田中正造」とあります。

「栃木県の人がなぜ館林カルタに?」と疑問を持つ方もいらっしゃるでしょうが、鉱毒反対運動の拠点は館林の雲竜寺に設けられ、正造は渡良瀬川のほとりにあるこの寺に葬られたのです。

館林駅から佐野線に乗りかえて一つめの渡良瀬駅付近には『田中正造記念館』があり、ここは田中正造研究のメッカともなっています。

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